寂しいけれど悔いはないお別れ
2026年4月28日(火)

お葬式をおつとめするご縁をいただいた方の
お通夜を執り行う前に控室で奥さまと娘さまから
亡きご主人の話を伺っていたときに感じた話です。
ご主人は営業のお仕事で各地を飛び回りながらも
多くの趣味を楽しみ家族との時間も大切にして
盆や正月には故郷へ帰り墓参りを欠かさぬ方でした。
定年を迎えてこれからゆっくりできると思った矢先
不慮の事故で身体の自由が利かなくなったけど
懸命のリハビリで自分で動けるようになりました。
どうにか歩けるくらいまで回復したと思ったら
大病を患ってしまい、身体への負担が大きい治療を
余儀なくされて再び思うように動けなくなりました。
あるとき奥さまがポロッと胸の内を明かされるように
「神さまも最後になってひどいことをされるね」と言うと
「そんなこと思っとってくれたんか…」と返されました。
ご主人は他人を責めることのないお人柄だったからこそ
奥さまのつぶやきをそのまま受け止められたのでしょうが
そのとき少し驚いたような表情をされていたそうです。
ところが治療を続けていくと少しずつ自分の身体が
思うように動かなくなっていってしまったので
あるとき治療をやめるという決断をされました。
「どんどん体が壊れていくのに意味があるのか。
保ったままで生きられるんだったら頑張れるけど
悪くなる治療なら意味がないから、もうやめる」と。
ご家族は「お父さんがやめるって言うなら」と
治療を中止するという本人の言葉を受け入れて
在宅での療養へと切り替えていくことになりました。
奥さまがそばで支え、娘さまたちも行き来しながら
これまで頑張って働いてきて家族を支えてくれた
父を精一杯にお世話して支えていらしたようです。
そうした日々がまだ続くだろうと思っていた矢先に
誤嚥性肺炎であっけなく旅立ってしまわれました。
娘さまが遠くを見つめながらポロッとつぶやかれました。
「お父さん、もう苦しまなくてよくなったよね」と。
これまでずっと頑張ってきてくれていたから、やっと
楽になれたんじゃないかと皆さん感じておられました。
「私たちみんなできるだけのことはやってきたから
笑顔で送ろうと思います」とおっしゃいながらも
どこか少し寂しい気持ちもあるということでした。
精一杯にやりきったという想いがあるからこそ
悔いはないと感じても、どうしてもその人の存在が
なくなることに寂しを感じていくものでしょうね。
どこまで頑張るのか、どこから手放していくのか…
いざその状況になれば変わることもあるのでしょうが
元気なうちだからこそ考えられることのような気がします。