終わったように感じてしまう心
2026年4月16日(木)

先月から京都で行方不明だった男の子について
謎が多くてさまざまな報道が続いていましたが
哀しくて胸が痛むような辛い続報がありました。
なかなか特定されなかった容疑者についても
モヤモヤした思いがずっと拭えなかったのですが
特定されたと聞いて思い出したことがありました。
今年の1月にお寺の近所で夜遅くに傷害事件が
起きたあと、犯人が特定されないまま時間ばかり
過ぎていき落ち着かない日々が続いていました。
そのうち忘れてしまっていたのですが、あの事件の
容疑者が逮捕されたと昨日知人から聞いて知って
今日もまた別の方から同じ話を耳にしました。
どうやら私がそのニュースを見逃していたようなので
検索して調べたところ、確かに逮捕されたという
情報があって一区切りついたようだと確認できました。
すぐに解決しなかった出来事の報道に触れると
ニュースがあった時点で終わったかのように感じて
しまうこともありますが、そうではないでしょう。
もちろん実際にはすっかり終わったわけではなく
全容解明に向けての一歩目が始まったところですし
そのとき失われたものが戻ってくるわけでもありません。
それでも日々新しいニュースが飛び込んでくるなかで
その時どきに心に感じたことや思ったことまでも
いつの間にか遠くへ流れていってしまう気がします。
よく「喉元過ぎれば熱さを忘れる」と言いますが
自分が思う以上に目の前の出来事からあっという間に
心が離れてしまっているのではないかと感じました。
刺激とか情報の波に飲み込まれてしまわないように
ほんの少しでも立ち止まってみることができたなら
心で感じることをもっと大切にできるような気がします。