他愛もない話から心を開く
2025年3月15日(土)
先輩から食事のお誘いを受けて行ってきました。
別の先輩がどうやら悩みを抱えているようなので
会って話を聴いてあげて欲しいということでした。
お誘いくださった先輩のYさんも久々でしたが
Yさんから話を聴いてあげてほしいと頼まれた
先輩のNさんはたぶん30年以上ご無沙汰でした。
いきなり話が始まるのかと思ったらそうでもなくて
YさんとNさんのとりとめのない話の流れから
昔なつかしい話から共通の人の話になったりして。
Nさんの仕事の話になってフンフンと聞いていたら
人事部門でいろんな人と関わることが多いようで
心に患いを抱えている人が多いという話になって。
なかには仕事を休まざるを得なくなる人たちも
一定数おられるようで時どきとかしばらく休んで
いる人と連絡をとらないといけないんだそうです。
何とか力になってあげたいと思ってはみるものの
Nさん自身は仕事に出られなくなる人たちの気持ちが
わかりきらないところがあって困っておられました。
「飲み行くで」と誘って「どうしたんや、何かあるんか」
という感じで話を聴いてスッキリしてもらえたら
いいんだけど今はそういうわけにいかんからねぇ…と。
いまはハラスメントが云々されるご時世なので
昔のように誘えないけど何とかしないといけないという
Nさんこそストレス度がメチャクチャ高そうでした。
どうやってセルフケアしたり抜いたり発散したり
されているのか伺ったら「こうやって他愛もない話して
いっぱい飲んで寝て忘れるんよ」っておっしゃっていて。
それで心はどうにか壊れないでいられたとしても
身体への影響を思うと心配になったのですが
「でもこれが一番なんよ」ということでした。
臨床仏教師として話を聴くことも心がけましたが
ガッツリお悩みのお話について聴くのではなくて
ほとんどの時間は他愛もない話だったように思います。
面談的でなくてリラックスした雰囲気だったし
Nさんにはお酒が入っていたというのもあって
かえって心を開いた話がしやすかったようです。
ガチッとした臨床仏教師モードばかりじゃなくて
いろんな聴き方があるのがいいんだろうと思います。