会って話す人とのつながり
2026年5月11日(月)

昨日ブログに綴ったのですが今週のお寺の掲示板は
「情報過多のいまの時代は知識で自由になるはずが、
知識の洪水に溺れている」という言葉を紹介しました。
誰もが簡単に情報を手に入れられる時代ですが
手軽に触れられる情報量が余りに増えすぎたことで
かえって落ち着いて考えにくくなった気がしています。
そんな話を昨日のVoicyでもしていたのですが
今日の法事のあとでお話していたら「いまの一日分の
情報量は昔の一年分らしいですよ」と伺いました。
お寺の掲示板をご覧になっての話かと思ったのですが
特に触れられることはなかったので偶然だったようです。
でも、なんとも不思議な一致だなぁと感じました。
今日はお父さまの七回忌法要だったのですが
昭和一桁生まれの方で、晩年は町内会長として
地域のお世話に精を出しておられたそうです。
そして今は息子さんがお仕事の定年を迎えたあと
3月まで町内会の副会長をされていたそうなのですが
最近は役を引き受ける人が本当に少ないとのことでした。
特に町内会長や民生委員などは負担も大きいうえに
いろんな詐欺事件が増えたので独り暮らしの高齢者宅を
訪問するのがなかなか難しくなってきているらしく。
少し前まで「ちょっと様子を見に来ましたよ」と
声をかけて気軽に訪ねていたのだそうですが
いまはどのように声掛けするのか悩ましいそうです。
世の中は情報も増えて便利になっているはずなのに
人と人との関わりや信頼関係ということでは
以前よりも難しさが増しているように感じます。
知識や情報が増えるほど便利になるはずなのに
どこか息苦しさや距離感も増えているというのは
不思議というか厄介というか…悩ましい時代ですね。
だからこそ、顔を合わせてゆっくり話をしたり
法事のあとにゆっくりおしゃべりしたりする
そんな時間が以前より大切なのかもしれません。
不安を煽る情報に振り回されるばかりではなく
家から外に出かけて誰かと言葉を交わすような
人と人とのつながりを大切にしたいと感じたご縁でした。