かたちではなく想いが紡ぐご供養

2026年5月1日(金)

(画像アップロードに不具合が起きています)
三回忌の法事をおつとめしたときのことです。
関西や東海にお住まいなので、法事のたびに
車を走らせて広島まで帰ってこられています。

今回おつとめしたのはお母さまの法事でしたが
ご両親ともにお子さまたちが話し合った結果
戒名を授けないで俗名のままにすると言われて。

ご両親ともにお葬式のとき戒名をお授けせず
俗名のままでお送りしたのですが、それでも
法事をしてほしいとご依頼をいただいています。

ご両親ともに山陰のご出身でいらしたのですが
今回の法事のあとでゆっくりお話を伺っていると
お母さまにまつわる話を聴かせてくださいました。

山陰の港町で魚屋を営んでいたご実家のことや
自分たちが子どものころにお店に連れられていくと
お店のお客さんに可愛がられていたことだとか。

夜は蚊帳を吊って戸を開け放して寝ていたこととか
お店に天井からハエ取り紙がぶら下がっていて
その下で食事をしていた記憶があるというお話でした。

いまは人も減ってしまっているし町の様子も
すっかり変わってしまったということでしたが
まだ昔の建物が残っているところもあるそうです。

都会と比べると何もない町だということですが
のんびりしていてあたたかく感じられる様子が
目に浮かんでくるようで懐かしく思えました。

どこか懐かしくもある温もりはこうして集まって
手を合わせておられるご家族の姿や語り口にも
しっかりと受け継がれているように感じました。

お子さまたちがわざわざ広島に戻ってこられて
お寺で法事を重ねていらっしゃるお姿からは
お母さまを想われる心の深さが伝わってきました。

戒名を授かることよりも、こうして思い出を
振り返りながら手を合わせていく時間そのものが
大切にしたい供養のあり方なのかもしれません。