良い悪いは自分の尺度でしかない
2024年12月30日(月)
学校の先生を退職されてボランティアとして
子どもたちのお世話をして面倒を看るという
支援をされている方とお話することがあって。
学校に行きづらい子どもたちと接するときに
どうにかして学校に行けるようになってくれたら
いいのになぁと思って接していると伺いました。
子どもによって行きづらくなった状況も違えば
いま行きづらい理由もさまざま違うということで
その子その子に合わせた支援をされるそうです。
この前ひさしぶりに学校に行けたお子さんがいて
頑張ったね良かったねと褒めてあげたんだけど
また行きたくないと言うようになったらしく。
何とかして学校に戻してあげたいと思うから
いろいろな方法を模索しているそうですが
なかなかうまくいくばかりではないようです。
ボランティアとはいえ時間も労力もかけて
一生懸命に頑張っておられる志は素晴らしいし
こういう方の存在はありがたいと思います。
ただ…何となく気になったことがあって…
支援してもらっているお子さんの気持ちは
どう思っているのかなぁと思ったんですね。
行きたいと思っているけど行けないでいるのか
行きたくないと思っていて行きたくないのか
というのでは接し方が変わってくるでしょう。
「そのお子さんはどう言っておられるのでしょうね。
学校に行きたいのに行けないという状況なのか
本当は行きたくないけど行かないと…と思っているのか。
そのお子さんのお気持ちはどうなんですか?」
と尋ねたらハッとした顔になって「えっ、あっ、
どうなんだろう…」と言って考え込まれました。
行きたい気持ちもあるけど行きたくない気持ちもあって
日によっても時間によっても揺れ動くこともあれば
校門まで来たら変わることだってるでしょう。
「私は学校で先生をしていたからなにも考えずに
学校に行くのが良くて行かないのが悪いというのを
自然とそういうもんだと思い込んでいました」と呟かれました。
つい自分の価値基準で何が良くて何が悪いというのを
勝手に決めつけてしまうことって結構あるものですが
そうやって評価していることって気づきにくいですね。
人のため誰かのために良かれと思ってやっているときこそ
自分の尺度でなんでも決めつけて尺度を振り回さないよう
よくよく気をつけておかないと…と思うお話でした。