デスカフェで「最後の晩餐」を語る
2026年6月13日(土)

今月のオンライン開催デスカフェに参加しました。
今回は「最後の晩餐」をテーマにした二つの問いを
画面越しにご参加の皆さまと一緒に対話しました。
少し前に別の集まりで雑談をしていたときに
ニュースステーションで久米宏さんが著名人に
自分の人生や死生観を尋ねていたことが話題に出て。
「明日あなたが死ぬとわかったら、最後の晩餐は
誰と、どこで、何を食べたいですか」という対話を
していたと聞いたのが今回のテーマの元ネタでした。
最初の問いは「あなたの人生がいま終わりそうだ
としたら、最後に何を食べたいですか?」という
久米さんの問いを少しシンプルにした質問でした。
面白いことにあまり脂っこい食事は出てこなくて
あっさりしたモノとかサッパリしたモノが多く
なかには飲み物でいいという答えもありました。
他の人の話を聴くなかで「あ〜それ、いいかも」
として出てきた共通項は、子どものころに体験した
記憶とか思い出を回想しがちなところでした。
もう叶わないけど、できることなら子どものころに
母親がにぎっていたおにぎりが食べてみたいなぁ
というコメントには共感する方が多かったですね。
印象的だったのは、具体的に何が食べたいというよりも
どちらかというと誰と一緒に居たいかということの方が
大事になるんじゃないか、というコメントでした。
二つめの問いは「あなたの大切な人の人生がいま終わり
そうです、何を最後に食べさせてあげたいですか?」
という自分ではなく他者の最後の晩餐を問うものでした。
具体的に誰を思い浮かべるかというのは、伴侶もしくは
親御さんがご健在なら親御さんという感じでしたが
親というときに父親か母親かでは違いがあるようで。
父親については好きなものがコレと思い浮かべやすい
人が多かったですが、母親は思い浮かびにくいようで
食べたいモノを尋ねても何でもいいと答えそう、と。
参加者のなかに医療関係に携わっている方がいらして
現場だとガリガリ君が好まれることが多いらしく
カップに入った少量の専用商品があると聞きました。
その後、誰とどんな食事の場面がいいかという話題になり
大勢で宴をしたいというタイプと伴侶や家族とゆったりが
いいというタイプに二分したのが面白かったですね。
デスカフェなので死について語る場だったはずなのに
「食べる」がテーマになると「生きる」につながるので
矛盾しているおかげで重たい雰囲気にはなりませんでした。
それでも過去にどこかで誰かと食べていた思い出を
振り返る時間になったし、食べたいモノの話のはずが
どんな最後の時間を過ごしたいか考える時間にもなりました。
食べたいモノについて語っていたはずのデスカフェが
いつの間にか最後まで生ききるということについて
考える時間になっていたようにも感じました。
こうして対話を重ねていく時間っていいものですね。
次は8月の予定ですので是非ご一緒してみませんか♪